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外交政策


秀吉は、勝家との決戦前に外交政策に力を注いだ。

まずは、秀吉の背後である中国毛利家との不可侵同盟のために、毛利家の外交権を握る小早川隆景の下に使者を送った。
勝家を倒し織田家を取りまとめた暁には、毛利家と共に天下を治めたいという内容の手紙を添えさせた。

さらに、越後の上杉家と東海の徳川家には共同戦線を結び、勝家主導の織田家を同時に三方面より攻め込む依頼の使者を送らせた。

結果的に、毛利家との不可侵条約と上杉家との共同戦線は結べたものの、東海の徳川家は中立の立場を貫いた。

一方の勝家は、10月に京にて信長の法要を終えると、11月29日に越後の上杉軍が越中に侵攻してきたことにより、北陸に向けて大軍を動かした。

「威信」+20

さて、外交工作を終えた次の手をどう打つか?

勝家不在に乗じて一気に京に攻め込む
畿内を中心に調略活動を行う
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