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総攻撃


秀吉は3万の大軍にて家康軍8千が籠もる小牧山城に向けて攻撃命令を発した。
兵力差では3倍以上の秀吉軍であったが、野戦に関しては、三河・甲州兵は天下無双の強さを誇っており、家康もその采配に自信を持っていた。

家康は、小牧山城周辺に築いた土塁の各所に軍勢を配備させると、進撃してきた秀吉軍をあらゆる方面から叩き潰した。
3万の秀吉軍も家康軍から見れば烏合の衆であり、秀吉軍はたちまち混乱状態になり、いとも簡単に家康軍に撃退させられた。
秀吉は急ぎ、軍勢を犬山城に引き下げると、家康軍の追撃に備えるよう命じながら、次なる作戦を考えた。
しかし家康は追撃をしてくる気配はなく、秀吉としてもこの敗戦により野戦では多大な犠牲者が出ることを痛感した。

「先に動いた方が負ける」と察した秀吉は、土塁と柵を築くよう命じ、長期戦の構えを取ったが、家康も全く動く気配なく、戦況は膠着状態になった。
しかしこのまま、尾張で膠着状態が続けば、秀吉政権の求心力は低下し始め、各地で反乱が生じる可能性も出てくる。
また、四国では長宗我部家が、紀伊では根来衆が大坂に攻め込もうとしていた。

「威信」-20

さて、秀吉は動かぬ家康軍に対し、どう挑発するか?
悪罵を込めた挑戦文を書き送る
自ら家康本陣に向い嘲弄する
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