FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

丁重に迎える


秀吉は、越前北ノ庄城に籠もっていた丹羽長秀の下に使者を送り、病状を見舞い「この秀吉に天下が備わったのは、すべては長秀殿のお陰であり、その感謝の念として、大阪登城に際しては、大阪城を空けて長秀殿に譲りたい」といった口上を述べさせた。

長秀は、秀吉の自分への誠実さに感動し、病の身ながらも大坂城へ向かうことにした。

長秀は大坂に登城したが、秀吉の「大坂城譲渡」提案については拒み、秀吉は上段に座り、長秀は家臣の席に腰を据えた。
織田家重臣である長秀の登城により、旧織田系の諸将たちも秀吉に対して心服の意を示した。
この後、丹羽長秀は病により床につき、翌年の1585年4月16日に病没する。
享年51歳、信長時代から秀吉を支えてくれた武将の一人であった。

「威信」+10

次へ進む
スポンサーサイト