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成政降伏


秀吉は加賀・尾山城に入ると、加賀の地侍衆に馴染みのある前田利家を呼び出し、諸城主を降伏させるよう命じた。
加賀の諸城主は利家の説得や秀吉の威勢になびき次々と降伏し、わずか1日で平定に成功した。

加賀平定後、秀吉は、勝家に味方していた越中の佐々成政に「越中一国を安堵する」という格別の条件で降伏勧告した。
成政は猛勇さと優れた戦術能力を兼ねた将であり、大軍をもって攻め込んだとしても、成政は死力を奮い、越中平定までに多くの犠牲者と日数を要してしまう。
すでに越中は、東方に越前の上杉景勝、北方に能登の前田利家、西方に加賀の秀吉直軍と三方で包囲されている状況であり、ここは無理に滅せず降した方が得策である。
しかも、秀吉は何よりもこの成政降伏は自身の天下の評判を高める好材料であると考えていた。
成政が秀吉を昔から嫌い続けていることは天下の諸大名も知っており、成政を滅せず所領まで安堵させるという寛容さを諸国に示すことで、今後の天下統一を進めていく上で、諸大名は無用な戦いを避け帰服してくる者も増えるであろう。

4月28日、秀吉は成政を降伏させることに成功した。
これにより秀吉は勝家の領土であった北陸一帯を全て支配下に治めた。
秀吉は、前田利家に能登一国と加賀半国を与え、越前一国を丹羽長秀に与えると、加賀を発ち、京に戻るために軍を進めた。

「威信」+10

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