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盛政の退却


秀吉軍の到着に、大軍を背面に受ける形となった佐久間盛政軍は、4月20日深夜に撤退を開始したが、秀吉は翌21日の午前2時に、退却する盛政軍に対し総攻撃の号令を発した。

追撃を開始した秀吉軍であったが、暗闇の中の退却にもかかわらず盛政は見事な戦いぶりで撤退を成功させた。
これには秀吉も「敵ながら天晴れ」と盛政の采配ぶりに感服し、これ以上追撃しても無駄と考えると、攻撃対象を盛政軍の救援に向かっていた柴田勝政軍に変更した。
また秀吉は、羽柴秀長・堀秀政両軍に狐塚まで進軍していた柴田勝家本隊への攻撃を命じていた。



秀吉軍が正面から勝政軍に攻撃を開始すると、陣形を立て直した盛政軍は勝政軍の救援に回り、両軍は激戦となった。
秀吉は賤ヶ岳の頂上から、朝日の昇りを見ると、一気に勝負を決するために突撃の号令を発しようとした。

さて、秀吉は勝政・盛政両軍にどの軍団を突撃させるか?

秀吉を護衛している小姓団
後方に控えている丹羽長秀軍
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