FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

伊勢攻略


佐和山城に着いた秀吉一軍は、伊勢の滝川一益攻略のために作戦会議を開いた。

当然、北陸の柴田勝家への備えも怠らず、秀吉は越後の上杉景勝に使者を送り盟約を結ぶと、越中の柴田領をかく乱してもらえるよう協力を願った。
さらに勝家南下に備えて、北近江の琵琶湖北岸の山々に砦の築城を強化させると、監視役として丹羽長秀を置いた。

1月23日、秀吉は6万の大軍を3方面に分けて伊勢侵攻を開始した。
第一軍は実弟の羽柴秀長を大将として、美濃から五僧峠を越えて北伊勢から攻めさせた。
第二軍は甥の三好秀次を大将として、近江より鞍掛峠を越え侵攻。
そして第三軍は秀吉自らが軍を率いて、同じく近江より安楽峠を越えて伊勢に入った。



秀吉軍は伊勢の主城である長島城を焼き払うと落城させることなく、攻撃の重点を亀山城と峰城に絞り、たちまち両城を包囲させた。

秀吉は亀山城に対しても放火して焼き払った上で、猛攻を繰り返したが、亀山城主の佐治新介は目覚しい戦いで良く守り、秀吉軍に多大な犠牲が出た。
一方、包囲中の峰城は、わずか1千2百の兵と城主・滝川儀太夫が守っていた。

さて、峰城はいかにして落とすよう命じるか?

力攻めで一気に落とす
兵糧攻めで時間をかけて落とす

スポンサーサイト