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年賀の拝謁


秀吉は安土城下に軍勢を駐屯させて、織田当主である三法師に年賀の拝謁を行った。

安土城の壮大な天守閣は本能寺の変の際に焼け落ちており、その後秀吉による仮御殿の櫓が建てられていた。

秀吉は従軍した家臣団とともに、その仮御殿の大広間にて三法師に拝謁し、年賀の挨拶を述べた。
その際に「柴田と滝川は世を乱す者であり、彼らを懲らしめんがために軍を発します」と言上し、幼子である三法師を秀吉は抱き上げると、天守閣より城下に集まった6万の軍勢の姿を見せて「この侍どもは皆、三法師様のご家来でございますよ」と閲兵させた。
秀吉としては三法師の権威を借り、三法師の命をもって諸将を駆り集めるという形式をとれば、秀吉は織田家における正統派ということになり、柴田勝家や滝川一益らの討伐は、たちまち「正義」と化す。
秀吉の下に集まった諸将や軍勢のほとんどが信長の家来であったために、この三法師の閲兵に感動するとともに、滝川一益討伐に対して「正義」を感じることができた。
当然ながら、諸将や軍勢は後々天下を取るのは三法師ではなく秀吉であるということを知った上で秀吉の指揮下に入っているのであるが、正義という感情は皆が欲するところであった。

三法師への拝謁を終えると、秀吉一軍は佐和山城へ向かった。

「威信」+10

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