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伊勢の動乱


事の発端は、織田信孝の家臣であった伊勢亀山城主の関盛信が、信孝が秀吉に敗れたことを機に秀吉方に寝返ったが、家臣が反乱を起こし亀山城を乗っ取ると、盛信を追い出し滝川一益に助けを求めた。

これに一益は応じ挙兵し、亀山城を系列に加えると、同じく秀吉方に寝返っていた峰城を落とし、亀山・峰両城を占領したのである。
これにより秀吉は滝川一益を攻める大義名分ができた。

急ぎ滝川一益討伐として伊勢へ向けた秀吉の軍勢は、1月9日に近江安土へ入った。
安土城には織田当主・三法師がおり、秀吉は三法師に対して年賀の拝謁をまだ終えていなかった。

さて、安土へ寄った秀吉は軍勢をどうするか?

三法師に拝謁をするため安土城に入る
行軍を急がせ、安土城を通過し佐和山城へ向かう
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