FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岐阜城攻め


秀吉は、軍勢に対し「今より岐阜にいます三法師ぎみを迎え奉る。命に代えても守り奉り、故信長公の居城安土へ移し奉る。このために我らは美濃へ乱入するが、この忠誠を阻む者があれば、それがたとえ主筋の御人であろうとも容赦なく討つ。皆、心得たか」と大喝し、岐阜城の攻撃を「正義」であることを説明した。

秀吉は3万の軍勢に美濃攻撃の号令を発すると、同時に美濃の信孝方の諸将に使者を送り威圧をかけさせた。

大垣城の氏家行広、曽根城の稲葉一鉄らは、いち早く秀吉軍に城を明け渡し味方したため、美濃はわずか二日にして平定できた。
秀吉軍は岐阜城を取り囲むと、織田信孝に三法師を手渡すよう問い詰めた。
信孝は、雪のため勝家からの援軍は頼めず、美濃の諸将も秀吉に寝返り、3万の軍勢に包囲されている以上、もはや抵抗できまいと三法師を秀吉に手渡した。
秀吉は三法師を陣中に呼び寄せていた信長の次男・信雄に預けると、信雄を後見人として安土城に置かせた。
三法師を信孝より力ずくで奪ったとなれば、天下に聞こえが悪いため、信長の次男・信雄を使って、三法師は信孝から信雄の手へ移ったことにさせたのであった。

これにより、秀吉は織田当主である三法師を取り戻した。

「威信」+30

次へ進む
スポンサーサイト