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京を勧める


秀吉は、勝家の使者に対し「信長公は朝臣であり右大臣に任ぜられている。さらには御魂を残された京で葬儀するべきである」と言い、勝家に伝えるよう帰した。

また、この葬儀を秀吉の勢力範囲外である岐阜で主催する勝家の意図は秀吉を誘殺することでもあった。
結局、勝家は京では執り行わず、岐阜妙心寺にて信長の妹のお市を喪主にして百カ日の法要を行うことになった。

さて、岐阜で行われる信長公の葬儀に参列しない秀吉はどうする?

京にて自身が主催として信長公の葬儀を行う
供養料として銭一万貫を岐阜へ送る


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