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信雄を推す


秀吉は織田家の後継者に次男の信雄を擁立しようと考えた。
順序的にいえば長男が亡くなれば次男の信雄となる。
実は三男の信孝の方が信雄よりも早く生まれていたが、信孝の母親が卑しい位であったため、手続上で信雄が次男となっていた。
秀吉もそのことは承知していたが、信孝を推す勝家に対抗するためには、信雄を推すしかなかった。

秀吉は、密かに織田家重臣であり山崎の合戦に加担してくれた池田恒興や丹羽長秀らに会い、織田家の後継者を信雄とすることを打ち明けた。
恒興と長秀は、信孝・信雄ともに当主の器ではないとしたが、信雄の愚将ぶりは織田家中にとどまらず天下に知れ渡っており、仮に信雄を擁立すると宣言すれば、秀吉寄りの家臣たちも勝家方になびいてしまうだろうと秀吉に忠告した。

織田家臣には、もはや新たな後継者に対しての忠誠心はなく、関心ごとは秀吉か勝家のどちらに組すれば、己にとって有益であり、出世に繋がるかということのみを考えているようだ。
そうであるならば、家臣一同を納得させる筋目論で嫡孫の三法師を推し、堂々と自ら後見役なった方が良いであろう。
無能で強欲な大人の信孝・信雄よりも、むしろ無欲な幼児を擁立すべきであり、また今後実権を握り天下を自由に動かしていくためには幼児であった方が都合が良い。

秀吉は、恒興や長秀の忠告を受け、織田家の後継者を次男の信雄から一転して嫡孫の三法師を推すことに変更した。

「威信」-20

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